イベントは無意味という発想はASD(自閉症スペクトラム)的なのか?

romi-radi

こんにちは、ひろみです。

今日はイベントは無意味と思うのはASD的な発想なのかというテーマでお話しします。

ASDというのは自閉症スペクトラムのことです。

詳しい説明は省きますが、発達障害の一種で、アスペルガー症候群もASDに含まれます。

わたしもパートナーもASDをもっています。

 

年末からイベントごとが続きますよね。

クリスマス、年末、お正月、成人式。

節分、バレンタイン、ひな祭り、ホワイトデー、お彼岸などなど。

どうも昔からあんまりこういうイベントごとに意味を見出せないんです。

別に自閉症スペクトラムじゃない普通の人でもそういう人はいっぱいいるだろうとは思います。

でも、特にASD的な発想なのかなと。

実際的な利益とか論理的な意味づけがないと納得できないんですよね。

 

イベントには、昔から神事や仏教の法事としてずっと続いているものや、クリスマスやバレンタインのように海外の慣習が伝わってきたものがありますよね。

そのように昔には何か意味があって始まったのでしょう。

それが毎年ずっと繰り返されているんですよね。

それに対して、昔に決めたからってなんでやらないといけないんだろう、という疑問が湧いてくるのです。

 

意味としては、商売のマーケティングのためというのもあるでしょう。

「クリスマスだからプレゼントを贈ろう」「ごちそうを食べよう」「デートに行こう」と購買意欲を刺激する。

 

それ以外では、イベントがなければ人生にメリハリがなくなってしまうから、「この時は盛り上がる時だ」というものをつくっておくという理由もありそうです。

同じタイミングで気をゆるめたり、引き締めたりして、集団として同じ行動取ることで連帯感を高める意味があるのだろうというのはわかります。

 

だからといって、やっぱり自分がそのイベントを楽しむ気にはあまりなりません。

普段の日と何が違うの?と感じてしまうんですよね。

 

なので、そう思うのであれば別にイベントをしなければいいだけです。

ただ、それはそれでちょっと困ることがあるなと最近気づきました。

 

例えば、年末年始は交通機関が混むから帰省をするのやめよう思いますよね。

そうすると帰るタイミングがない。

特に理由がないのでいつまでも帰らなくなってしまいます。

 

パートナーと行きたいお店がある場合も同じです。

2人ともイベントごとにあまり興味がないので、たとえば「クリスマスだから行こう」という話になりません。

そうするといつまでも行かない。

特に今行く必要性がないと考えちゃうんですね。

 

それがすべてのことに波及して、日常に変化がなくなってしまうということに最近気づきました。

なので、世の中のイベントに乗るか乗らないかはどっちでも構わないのですが、乗らないとしても、何か自分なりに区切りをつけていくのは大事なのかなと思います。

 

たとえば、バレンタインがあるからといって好きな人に気持ちを伝えなくてもいい。

でも、「こういう時に伝えるようにしよう」と自分なりに決めたものがあれば、何も決めてないよりはたくさんするようになりそうですよね。

 

帰省にしても、帰る理由がないと何年も帰省しなくなります。

それよりは、帰った方が親もよろこぶなら、何ヶ月に一回帰る、こういうことがあったら帰る、などと決めておくといいですよね。

そんなふうに自分で工夫していくことで、自分の人生にメリハリをつけたり、人をよろこばせることができます。

 

というわけで、今日はイベントを無意味だと思うのはASD的な発想なのかというテーマでお話ししました。

次回も違うテーマでお話ししますので、ぜひ聴いてください。

ではまた。

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