障害者手帳を持っていたら苦しんで惨めにならなきゃ許してもらえないの?

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障害者手帳を取得すると、税控除や公共料金の割引など、様々な福祉サービスを受けることができるようになります。

こうした福祉サービスを受けているとき、どうしても世間から後ろ指差されているように感じてしまう人もいるようです。

それは本来あるべき姿なのでしょうか。

 

障害者手帳を持っていたら苦しんで惨めにならなきゃ許してもらえないの?

 

国の制度として障害者手帳というものがあるのは、その対象となる人たちには支援が必要であると国が認めているからです。

手帳の対象となる人々は、努力ではどうにもならないハンデを抱えています。

そして、そのハンデのために、社会生活に困難があり、経済的にも苦しくなることが多いと考えられます。

 

手帳がそのハンデを埋めてくれるわけではありません。

ですが、社会的・経済的困難がある時には支援を受けてもいい。

これは、ハンデを負った人が保証されている権利なのです。

 

社会保障制度は「全員が同じように働けるわけではないし、働いても同じようにお金を稼げるわけではない」という前提に立って、その偏りを是正するために必要としている人へ再分配する制度です。

そして、今日健康でバリバリ働いている人だって、明日急に障害者や難病保有者となることはあり得ます。

一生支える側でい続ける人もいますが、それは終わってみなければわからないことです。

 

障害者手帳だけでなく、健康保険も年金も同じ仕組みになっています。

働いてお金を稼げる人や資産を持っている人から多くお金を集めて、健康を害している人や高齢で働けない人に分配する。

その仕組みは完璧ではないにしろ、現状そうなっています。

病院に行くときに健康保険が使えるのに、あえて制度を利用せず自己負担する人なんてほとんどいませんよね。

誰だって多かれ少なかれ福祉サービスのお世話になっているのです。

 

自分が福祉サービスを受けているから、働いて税金や年金、健康保険料を納めている人よりも楽をしていたり、幸せそうにしていたら申し訳ない、とか、恨まれそうだ、と考えてしまう心理も理解できます。

でも思い出してください。

一般の人と困難を抱える人の差を是正するためにそうしたサービスがあるんでしたよね。

もしサービスを受けている間惨めでいなければならないなら、何のための福祉制度なのでしょうか。

 

それに、自分が苦しんだり惨めな思いをしていれば、他の人たちの税金や健康保険料の負担は軽くなるのでしょうか?

そんなことありませんよね。

それなら、苦しんだり惨めでいなきゃならないと考えるだけ無駄です。

 

とはいえ、援助を受けているありがたみを忘れないのは大切なことですよね。

その気持ちを、人を幸せにすることで返していくことに向けた方が、より建設的ではないでしょうか。

それは対価のある仕事でもいいですし、それに限らずボランティアや寄付でも、家族や友人に優しくしたり楽しませたりすることでも、自分ができること何でもいいのです。

その方が、社会全体に生まれる幸せの総量は多くなります。

 

もし十分満足な生活が送れるようになったら、手帳を返還して自分が誰かを支える側に回ればいいのです。

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