あなたの睡眠障害は「時刻を合わせる文化」により生まれた幻想かもしれない

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「毎日十分に寝ているはずなのに、朝起きるのがつらい」

「日中に何度も眠気がおそってくる」

そんな睡眠の悩みを慢性的に抱える方は多いですよね。

その悩み、もしかしたら「睡眠障害」という異常ではなく、ただの幻想かもしれません。

一体どういうことなのか、その謎を紐といていきましょう。

 

あなたの睡眠障害は「時刻を合わせる文化」により生まれた幻想かもしれない

もちろん本物の睡眠障害は存在する

まず初めに、ここで扱う睡眠障害には、外因性のものは含まれません。

外因性というのは、時差や日光、騒音などの環境的な要因や医薬品、アルコール、カフェイン、脳障害、精神障害などにより引き起こされる睡眠障害のことです。

また、睡眠時呼吸障害、夢遊病などの睡眠時随伴症、むずむず脚症候群などの睡眠関連運動障害も対象ではありません。

 

本当は幻想かもしれない睡眠障害

では、逆にどのような睡眠障害の症状が「幻想」の可能性があるのか見てみましょう。

ここはさらっと流して、あとで気になったら詳しく読んでいただいてもOKです。

・過眠症:充分に眠っているにもかかわらず、活動中に強い眠気を感じて生活が困難になる症状。

・概日リズム睡眠障害:毎日決まった時間に寝て起きる周期的なリズムが、生活環境と合っていない症状。

 

さらに、概日リズム睡眠障害には以下の4つがあります。

・睡眠相後退症候群 :寝て起きる時間が望ましい時間帯より遅い時間で固定され、早めることがむずかしい状態。

・睡眠相前進症候群: 寝て起きる時間が望ましい時間帯より早い時間で固定され、遅らせることがむずかしい状態。

・非24時間睡眠覚醒症候群:寝て起きる時間が次第に遅れ、24時間より長い周期で推移する状態。

・不規則型睡眠・覚醒パターン: 眠ったり起きたりが不規則に起こり、一日に何度も眠る状態。

漢字が並んでややこしそうな名前ですが、説明をみればなるほどという感じですね。

 

これらの睡眠障害の中で、原因となる外的な要因のないものが「幻想」、つまり異常ではないかもしれないものです。

 

睡眠障害による困難と治療方法

これらの睡眠障害があると、毎朝学校や会社に行くために決まった時間に起きることがつらかったり、実際に起きられずに遅刻・欠席することも出てきます。

また、授業や仕事の最中に強い眠気をがまんしなければならなかったり、眠ってしまいミスをしたり、信用を落としたりすることにもつながります。

身体的にも精神的にもつらく、また社会的な立場も危うくなる問題です。

 

これらの睡眠障害が他の病気の二次障害として起きている場合には、原因となっている病気をまず治療します。

ストレスやアルコール、カフェイン、パソコンやスマートフォンの使用などの刺激により睡眠障害が引き起こされている場合は、行動や環境を変える処置が取られます。

具体的には、睡眠を妨げる刺激を取り除き、寝る前にリラックスする時間を取り、静かで暗く適温の眠りに適した環境を整え、朝には日を浴びて食事を摂り、活発に動くなどの方法で症状が改善していくこともあります。

 

処置をしてもあまり効果が表れないこともある

一方で、原因となる病気もなく、睡眠を妨げる要因を取り除き、眠りの環境を整えても、なお寝たい時間に眠れない、起きたい時間に起きられない、日中に眠くなるという悩みを抱える人もいます。

これはなぜかというと、「睡眠障害」といわれる状態のうち、一部は遺伝的な要因によるものだからです。

 

わたしも小学生の頃から睡眠の問題を抱えてきました。

毎朝目覚まし時計が鳴っても起きられず、何度も親に起こされてもなかなか起きません。

そして、遅刻寸前で走って学校に行きます。

子どもならよくあることですね。

 

しかし、中学生、高校生、大学生になり、そして就職してからもその問題は解消しませんでした。

毎朝起きられず、走って学校や会社へ向かう。

そしてよく遅刻し、授業中や仕事中もずっとうとうとしている。

 

試験勉強や仕事で忙しく、3~5時間しか寝られていないこともありました。

しかし、7~8時間ぐっすり寝ていても、多少朝起きやすくなり、日中眠くなる度合いが下がるだけです。

そして休日には12~14時間ほど眠ることもあり、自己嫌悪に陥ります。

 

そんな調子だったので、睡眠の改善に関して多くの本から学び、グッズを買い、できる限りの対策はしてみましたが、どうしても眠くて仕方がありませんでした。

 

朝決まった時間に起きなくてよい状況になると?

この悩みが解消されたのは、会社を辞めて朝決まった時間に起きなくていい状況になってからです。

遅刻することがないのだから当たり前だろうと思われるかもしれませんが、それだけではないのです。

 

初めは、「夜早く寝て、朝早く起きるのがいい」という固定概念があるため、夜早く寝て、朝早く起きるようにがんばっていました。

ですが、実際にはそれができません。

そのため、毎日「朝起きられない」という自己嫌悪を抱え、また無理に起きたことによる眠気で日中耐えきれずに寝てしまい、夜は眠れなくなるという悪循環に悩まされていました。

 

精神科に通い、そこで渡された睡眠時間を記録する表に記録を取っていたので、医師にも「睡眠のリズムが後ろにずれているので、社会復帰するためには早く寝て早く起きられるようにしなくては。」と言われました。

その時、疑問に思ったのです。

なぜそこまでして睡眠時間を合わせなければならないのか。

自分が眠い時に寝て、目が覚めたら起きて、それで体調がいいならいいじゃないか。

 

その後、長いこと旅をすることになりました。

飛行機やバスの時間に合わせて起きる時以外は、自分のタイミングで寝起きできます。

疲れた時には早く寝たり、遅く起きたり、昼寝することができます。

施設の開いている時間や日の出ている時間は限られているため、できれば早起きしてもっとたくさん見て回りたいという希望はありました。

ですが、これが自分の体なのだから仕方ないとあきらめるしかありませんでした。

 

そして旅を終えた今も、毎日10時間以上は眠っています。

もっと早く起きられればもっと仕事をする時間が取れるのに、と悩ましい気持ちはありますが、何度も起きようとしても覚醒しないのでどうしようもありません。

しかし、一度起きたらその後は眠くならずにずっと仕事に集中することができます。

最近は徐々に自分に与えられている活動時間は他人より短いのだ、その時間内でできることをやるしかないのだ、と受け入れられるようになってきました。

 

産業革命以前には誰も時刻を気にしなかった

人々が時刻を気にするようになったのは人類の歴史の中でもごく最近のことです。

産業革命以前には、決まった就業時間などなく、人々は太陽の動きや季節の変化をみて仕事をしていました。

 

それが産業革命後の近代の工場では、全員が同時に製造ラインについて一斉に仕事を始める必要が出てきたため、人々は時間表に従って動くようになりました。

そして今では公共交通機関も官庁も学校も、ほとんどの組織で時間表制が採用され、社会全体の規範となっています。

 

現代に生きるわたしたちにとっては当たり前すぎて、この「全員が同じ時刻を基準にして決まった時間表に従って生きる」という文化が、ここ百数十年ほどで広まったものであるというのは、信じがたいことです。

 

時刻を合わせる文化の広がりにより、規格に合わない人々が出てきた

全員が決まった時刻に同じ行動を取る社会になる前には、人々は正確な時刻を知ろうと思うことがありませんでした。

知ろうと思ったとしても、時計も普及していなかったため知ることができませんでした。

日が昇ったら起きて仕事をし、日が沈んだら仕事をやめて寝るだけです。

明かりも貴重なもので、大して使えません。

 

そのため、各個人の睡眠時間の長さや何時から何時まで眠るかといったことは、現代ほど正確に把握しておらず、問題になることも少なかったでしょう。

家族や村の人に起こされて、一緒に作業をするという必要はあったでしょうが。

 

そのような時代には、長く眠ることが「過眠症」と呼ばれたり、遅く寝て遅く起きることが「睡眠相後退症候群」と呼ばれて、異常な状態であると考えられることはなかったはずです。

これらは「人間は何時から何時まで何時間眠るのが正常である」という基準があるために判定されること。

つまりはただの幻想なのです。

 

規格に合わない人々にも役割がある

しかし、すべての人に特定のスケジュールで眠るのが合っているということなどあるのでしょうか。

むしろ、外敵から身を守る必要のあった時代には、睡眠のタイミングが人によりずれていた方が、その集団が生き延びるためには有利だったはずです。

全員が同時に寝てしまえば、見張り役がおらず、寝込みを襲われたら全滅です。

だから、他の全員が眠っている間に眠らない人が数人はいた方がいいわけです。

 

睡眠のリズムが規格に合わない人はどうすればよいのか?

とはいえ、現代では社会の多くの人が適合する睡眠スケジュールに合わせて眠れないと、生きるのが困難です。

時代の変化に比べて、生物の進化のスピードはそれほど速くありません。

社会の時間表に合わせられず、本来異常ではないのに「睡眠障害」と診断される人はこれからも後を絶たないでしょう。

 

理想は、社会の方が変化し、そうした規格外の人々にも生きやすくなることです。

しかし、それが実現されるとしても変化の速度はゆるやかでしょう。

 

どんなにつらくても社会の時間表に合わせて生きるというのも一つの選択。

ですが、わたしはできるだけ自分の時間表で生きられる道を模索してみるのもいい方法だと思っています。

つまり、学校や会社のような決まった時間表をもつ組織に所属せず、他の方法で学んだり生計を立てたりするのです。

そのためには、もしかしたら引っ越したり、生活の質を落としたり、新しいことに挑戦する必要があるかもしれません。

でも方法はたくさんあります。

 

もし本当に苦しいのなら、生き方を変える方が案外簡単かもしれません。

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